なぜトウガラシはコショウを超えたか──『トウガラシの世界史』

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辛味。それは味覚神経における五味(甘・塩・酸・苦・旨)とは違い、「痛み」に分類される刺激なのだそうだ。一見すると不必要に思える感覚だが、それにもかかわらず人が辛いものにここまで惹きつけられる理由は何なのだろう。

トウガラシの世界史 - 辛くて熱い「食卓革命」 (中公新書)

本書は特にそれを解明する内容でもないのだが、読めば「トウガラシ」が日本のみならず世界中でこれだけのファンを獲得した理由を窺い知ることができるものとなっている。

比類ない辛さが魅力のトウガラシ。原産地の中南米からヨーロッパに伝わった当初は「食べると死ぬ」とまで言われた。だが、わずか五百年のうちに全世界の人々を魅了するに至った。ピーマンやパプリカもトウガラシから生まれた。アンデスの多様な野生トウガラシ、インドのカレー、四川の豆板醤、朝鮮半島のキムチ、日本の京野菜…。各地を訪ね、世界中に「食卓革命」を起こした香辛料の伝播の歴史と食文化を紹介する。

トウガラシの伝播の仕方によって各国の文化や特色の違いを見ていくことができるのが本書の最大の特徴だ。トウガラシといえば今や世界を代表する香辛料である。しかしその強烈な辛さから毒物のような扱いを受けてしまい、現代までトウガラシの利用がほとんどされてこなかった国もある。そうかと思えば、あっさりと受け入れられて今では食卓には欠かせない存在となっている日本のような国もある。その違いはどこに由来するのか。そこには様々な背景が存在する。

どうしてトウガラシが世界一の調味料になったのか

トウガラシは中南米で生まれ、そこから海洋交易によって次第に世界へと伝わっていった。しかしトウガラシに対する反応は当初は否定的なものが多かった。例えばヨーロッパのとある医師は「犬に食べさせたら死ぬだろう」と雑誌の中で警告をしていたし、また韓国では「毒がある」と噂された(なお、どちらも根拠はない)。

非常に評判が悪かったトウガラシであるが、そんな物体がどうして現代における“調味料の代表”とも言える位置まで登りつめたのだろうか。その最大の理由はコショウの代用品として利用されたことにあるだろう。コショウは中世ヨーロッパにおいて食品の抗菌・防腐のために非常に重宝されていたが、希少価値の高さが難点であった。それに比べるとトウガラシはコショウと同様の防腐作用を持ちながらも、比較的栽培がしやすい。特にスペインではトウガラシの栽培に最適な環境を持っていたため、その利用は飛躍的に進んでいったようだ。

その背景には、トウガラシは、当時高嶺の花であったコショウと違ってスペインの環境に適して容易に栽培できたという事情もあったはずだ。

日本でも江戸時代にはトウガラシの利用が始まったが、それもほとんど同様の理由だ。授業でも習ったように、日本においてコショウは海外との交易によってしか入手することができない貴重品であった。そして追い打ちをかけるように鎖国政策も始まってしまい、いよいよコショウを入手するルートは閉ざされる。その一方でトウガラシは日本の気候や土壌においても栽培が容易だったため、まさに救世主と言える存在だったのだろう。うどんやそばに入れる七味トウガラシとしての利用が特に盛んだったらしい。

トウガラシにしか存在しないもの

他にもヨーロッパや日本ではトウガラシは観賞用としても愛好されてきた。その美しい赤色や特徴的な形状を好む人が多かったのだろう。前述のように栽培が簡単だったというのも理由として考えられる。またインドにはトウガラシを魔除けとして使うという興味深い風習がある。言われてみれば、あの強烈な辛さと尖った形状が悪霊に効くと連想するのは理解できるような気がする。こうして見ると、国によってトウガラシの利用方法は多種多様で非常に興味深い。

ただこのようにトウガラシが普及したのは、やはりその辛さに世界が魅了されてしまったというのが最大の理由だろう。「辛さ」というのは不思議なもので、口に入れると強い刺激が来るとわかりきっていても、治まった頃にはまた食べたくなってしまう。この作用は辛いものを食べた時に脳内にエンドルフィンが分泌されることに関係しているようだ。

トウガラシは胃腸を活性化するだけではなく、カプサイシンによって体に異常をきたしたと感じた脳は、脳内モルヒネと呼ばれるエンドルフィンまで分泌する。エンドルフィンは、モルヒネと同じような鎮痛作用があり、疲労や痛みを和らげる役割を果たす。そのため、結果的に、わたしたち人間は陶酔感を覚え、快感を感じることになるのだ。

また興味深いことにカプサイシン特有のあの「ヒリヒリする辛さ」は、これだけ様々な食物が存在する現代においても、トウガラシによってしか出せないものらしい。そのような新しい味覚を提供したことが食卓への大きな貢献であり、現代に至るまでトウガラシが愛されている理由なのだと思わせられる。

本書では各章別でヨーロッパやアフリカ、日本に焦点を当てて、そのなかでトウガラシがどのような役割を果たしてきたかを見ることができる。その地域の文化や特色によってトウガラシの広まり方、扱いがまったく異なる点が興味深いところだ。

また本書ではトウガラシを使った様々な料理が紹介されており、それがとにかく美味そうなのである。読めばトウガラシをもっと好きになる。魅力的な本だった。

トウガラシの世界史 - 辛くて熱い「食卓革命」 (中公新書)

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