「断念」から文章が生まれる『ライティングの哲学』

書評・読書感想・本の話

ジャンルは違えどプロの文筆家である4人が「書けない」という悩みを分かちあい、「書く」という作業を再構築していく様を描いた本である。こういう紹介の仕方をすると堅苦しい本に思えてしまうかもしれないが、構成としては

  1. 悩みを共有する「座談会その1
  2. 座談会を経ての「執筆実践
  3. 実践を経ての「座談会その2

という流れになっているので力を入れずに読めるのではないかと思う。

注意点として、本書では現代における文書作成ツール(アウトライナーやメモアプリ)の活用について言及している箇所が大半ということがある。文体やレトリックなど、文章を書く際の技術論にあたるような本ではないため、それを期待して読み進めると肩透かしを食らう。本書で書かれているのはあくまでも「書けない」を「書く」という状態にシフトするための方法論である。特殊な本には違いないが、現代において一度でも文章を書く苦しみを味わった人間には得られるものがあるだろう。

4人が行き着いたのは「断念」

文章を書く人間にとっては、書き上がったその瞬間に完成原稿になっている状態が理想なのだと思う。しかしそれは執筆・編集・校正・校閲をすべて同時進行でやるようなものだ。膨大なエネルギーが必要となる。今からそんな作業に取り掛かると思うとおっかなくて、動きたくても動けない。「書けない」というのはそういった状態なのだろう。

4人がそれぞれの「書けない」を吐露するが、その解決方法が「制約」「断念」といった一見するとマイナス方面の言葉に帰結していくのが面白い。UIの制限されたWorkFlowy1を使うのも、整合性など気にせず一気に書き上げてしまうのも、書いた内容を一度すべて消してしまうのも、本書に登場する方法のほとんどは「制約」と「断念」に集約される。「制約」により後回しになってしまう作業もあるし、「断念」によって削ぎ落とされてしまう内容もあるが、そのかわりに執筆のみに向き合えるくっきりとした筋道が生まれる。

「座談会その1」の内容を踏まえ、次の「執筆実践」ではそれぞれが書き方の変化についての文章を書く。ここでもそれぞれが異なる方法で異なる文章を書くわけだが、やはりその根底にあるのは「断念」である。ある人は意識によって、ある人はツールを変えることによって、ある人は環境を変えることによって、それぞれが独自の制約を生み出し、執筆だけに集中できる状況を生み出していく。

こうして読んでいるとひとつのドキュメンタリーを見ているような気分にもなってくる。執筆に取り憑かれるも、いつしか文章を書けなくなった人間の解放の物語。あらためて文章を書くというのは魅力的であると同時に難儀なものだと感じる。

  1. ブラウザ上で動作するアウトラインプロセッサ。無駄を一切排除したインターフェースを特徴とする。

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