読書は死ぬほど真剣な仕事──『ヒトラーの秘密図書館』

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独裁者の典型とされるヒトラーは大変な読書家だったそうである。彼の行ったことは許されざることだが、その一方で人間には暴虐の限りを尽くした人物が、本という静謐な存在にはどのように向き合ったのかは正直なところ興味がある。そうして出会ったのが本書だ。

ヒトラーの秘密図書館 (文春文庫)

ヒトラーの思想や人間性に多大な影響を与えたとされる本を取り上げながら、彼が歩んだ人生を追体験していく。ヒトラーという人間を知るうえでも、また当時のドイツを取りまく情勢を知るうえでも興味が尽きない本となっている。

知的コンプレックスを埋めていたのは本

ヒトラーが声を張り上げ、自信に満ちた様子で演説をする映像は今でもよく見かける。しかし平常の彼はコンプレックスに悩まされ続け、些細なことにも気を使う繊細な性格の持ち主だったという。ヒトラーは高校を中退したことによる自らの無教養さに悩んでいた。その知的コンプレックスから逃れるための方法が、ヒトラーにとっては読書だった。

学歴はなかったが、ヒトラーは猛烈な読書欲にとりつかれていた。

ヒトラーは本による知識を積極的に政治に流用していくことになる。ヒトラーにとっての読書は政敵と戦うための武器を収集する行為であり、そしてそれは外交や、あの特徴的な演説に積極的に活かされていった。ヒトラーの演説や彼の著書『我が闘争』には、彼が所有していた本からそのまま流用された内容も多く見つけられるそうだ。

ヒトラーの読書法は「速読」

ヒトラーにとっては読書は娯楽などではなく「死ぬほど真剣な仕事」だったという。本の中に自分の思想にとって都合のいい内容があれば、それは積極的に政治活動に流用されていった。

ヒトラーの読書スタイルはかなり固定されたものであり、時間は決まって深夜、また紅茶と老眼鏡のセットは欠かせなかったという。また神経質なヒトラーは静かな読書の時間を邪魔されると激昂したというエピソードも存在する。それだけ彼にとって本から知識を得るということは最重要事項だったのだろう。

ヒトラーは一心に読書した。その態度は猛烈でさえあった。

ヒトラーの読書方法は、今で言う「速読」だった。まず目次や索引に目を通し、そして使えそうな情報がある部分だけを読んでいた。時には結論部分から先に読み、本の内容を掴むということもしていたそうだ。そのような読み方ではありながらも、彼は毎晩一、二冊の本を欠かさず読破していったそうである。こういった読み方は今でこそ「速読術」として広く知られている手法ではあるが、約100年前にそれを自ら編み出して採用していたヒトラーの見識には目を見張るものがある。

またヒトラーが読み込んだ本には多くの書き込みがあり、そこから彼の興味関心をうかがい知ることができる。ヒトラーは演説等に使えそうな部分にはアンダーラインを引き、また共感できる部分には感嘆符を、ピンと来ない部分には疑問符を書き込んだりもしていた。こういった書き込みを積極的に行うにより、ヒトラーは本に対する理解をより深めていったのである。

また彼の読書理解を深めるために一役買っていたのが翌日の朝食だった。ヒトラーはそこで前夜の読書の内容を、同席した部下たちがうんざりするほど延々と語っていたという。このように本の内容を反復し、時には議論の対象にすることで、自分の頭から離れないようにしたのだろう。

ヒトラーは「本で読んだ内容を、それをさらに頭に定着させるために何度も」討議したのだという。

『ヒトラー〜最期の12日間〜』という映画にも、部下たちとの食事の際にヒトラーがブツブツと喋り続けるシーンがある。あの場面のように、読書にふけった翌日も他人などお構いなしに延々と喋っていたヒトラーの様子が頭に浮かぶようだ。

蔵書はその人間を語る

「人はその本棚を見れば、その人となりがわかる」とは本書に書かれている言葉だが、まさにそれを体現しているのがヒトラーだったと言える。ヒトラーは謎の多い人物として知られている。そんな彼の膨大な蔵書の内容や欄外の書き込みからその内面を克明に描き出しているこの本は、ヒトラー個人のみならず、歴史を知るうえでもかなり重要な意味合いを持っているように感じる。

この記事では個人的に興味のある「読書」に関連する部分だけをまとめた。一方で本書はヒトラーという存在を切り口に、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の歴史を理解できるという面も持っている。読む人間によって様々な面白さを見いだせる本だろう。

ヒトラーの秘密図書館 (文春文庫)

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