『アフリカから始める水の話』──「水」から切り込む世界の歴史

『アフリカから始める水の話』──「水」から切り込む世界の歴史書評・読書感想・本の話
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「水」という存在に妙な魅力を感じてしまう。ファンタジー作品では水属性は必ずと言っていいほど登場するし、また宮本武蔵の『五輪書』では水になぞらえて剣術の極意が記されていたりもする。四字熟語の「明鏡止水」という言葉も美しい。そのように思うのは、やはり水が唯一無二の概念だからだろう。

そんな我々にとって欠かせない「水」という切り口で世界を見ていく本はきっと面白いと思って読んでみた。

本書では著者である石川薫氏が外交官として務めた知見を元に、世界の水にまつわる歴史やエピソードが網羅されている。また各章の間には共著者である中村康明氏が執筆した日本に関する水のコラムが写真資料と共に挿入されている。扱う範囲は紀元前から現代に渡り、地域もアフリカからヨーロッパまで様々だ。言うまでもなく情報量は多く、本書でも表現されているように読後は「水を巡る長旅」を終えたような気分になってくる。

水があるのは当たり前ではない

まず印象に残ったのはアフリカ諸国では「干ばつと洪水という両極端」の災害によって餓死者が発生しているという事実だ。日本で言う「天保の大飢饉」のような出来事がそれから約200年は経とうとする現代においても起きているのである。アフリカの飢餓問題を認知していたつもりでも、事実として突きつけられるとなかなかの衝撃を受ける。

そういった国々では二次災害の問題もある。災害が起きた際、仮設の住宅やトイレで十分な衛生環境を用意することができないため、子供たちを中心に感染症が蔓延してしまうらしい。

ありきたりな感想かもしれないが、こういった事実を知ると蛇口から水を当たり前のように飲める日本がいかに恵まれているかを再認識する。その一方で東日本大震災では我々日本人も水の恐ろしさを嫌というほど理解することになった。当時のデータ1を見ると少なからず感染症も発生していたようだが、約一週間後には「消毒薬やマスク等」が配布され、また感染症予防のパンフレットが配布されるなどの啓蒙活動も実施されていた。

日本にはいつでも安全に飲める水があり、災害時に衛生を管理する体制もある。それを恵まれていると思うかどうかは個人に任せるが、それが当たり前ではない国が存在することは忘れてはいけないだろう。

水にまつわるジェンダー問題

意外なことに水はジェンダー問題にも深い繋がりがある。農村部に住む10人に8人は「自宅から往復30分以内で清潔な水を入手することができない」というデータにも驚くが、それ以上に問題となっているのはそれがどこの国でも女性の仕事と決めつけられていることである。これは何もアフリカだけに見られる光景ではなく、アジアなどでも同じ傾向があるらしい。

さらに根が深い問題は、水汲みの担当はどこの国でもおおむね女性、特に女の子だとされていることである。

女の子がその仕事を請け負えば学校へ行く余裕はなくなり、そこに教育格差が生まれる。また卒業率の問題もある。近年では小学校に入学する男女比率は均衡に近づいているが、卒業率は依然として差があるようだ。というのは、上下水道が整備されていない地域では学校にトイレが設けられていないため、高学年で生理が始まるのと同時に学校を辞めてしまうのだという。世界の非識字の成人の3分の2が女性であるのは上記のような事実が要因となっているのは明らかだろう。それのみならず、長時間の水汲みには犯罪に巻き込まれるリスクもついて回る。レイプ被害なども後を絶たない。

調べてみるとこういった事実を伝えようとするページはいくらでも出てくるのだが、ほとんどの人はそれをまず調べようとすら思わないのが現実だと思う。自分もこの本を読まなければ意識せずに日常を送っていたに違いない。

なぜ女の子?|国際NGOプラン・インターナショナル
途上国の女の子たちは「女の子だから」社会の底辺に置かれ、普通の生活を送ることすら困難な状況にいます。女の子を応援することが、世界を前に進める近道です。

水を活かすか、殺すか

水を語る上で貧困問題は避けては通れないが、水と上手に付き合うことで発展する国も当然存在する。

シンガポールはその最たる例だろう。近年で急速に発展したシンガポールだが、この国には水源が乏しいという問題が存在する。それを解決するためにシンガポールは水を自分たちで作り出すことにした。下水を再処理して飲用水にも利用可能にする「ニューウォーター」、貯水池・洪水防止・憩いの場という3つの役割を果たす「マリーナ・バラージ」など、その解決方法は力強く、それでいて画期的だ。SDGsにおいてもシンガポールの水対策は注目されている部分となっている。

マリーナ・バラージの屋上広場。人々の憩いの場としての役割も果たしている。

個人的に本書で最も興味深く読めたのはエジプトに関する部分である。ご存知のとおり、古代エジプトはナイル川の灌漑農業によって繁栄を極めた。それによって暦学や測量といったエジプト数学が発展したわけだが、それが日本で言う縄文時代の出来事であることには改めて驚かされる。

その栄華の一方で、エジプトはスエズ運河が引き起こした対立や、アスワン・ハイ・ダムが引き起こした塩害など、水のしっぺ返しに苦しめられている側面も存在する。水と上手く付き合えばその文明は栄えるが、誤ればそれは不利益を引き起こすということだろう。またそれは天然資源全体にも言えるかもしれない。

著者はエジプト駐箚特命全権大使を努めていた経験もあり、そのためエジプトに関する記述にはひときわ大きな熱量を感じさせる。エジプトの水にまつわる歴史の皮肉とドラマ性は本書において非常に面白い部分だ。

もちろん最初にも言ったように広い歴史が扱われているため、歴史の知識を包括的に整理するために読むこともできる。パレスチナ問題やSDGsなど、現代における主要な時事問題についても触れられており読み応えはあるはずだ。

  1. 32-10-S 東日本大震災, 感染症対策, 感染症発生状況, 急性嘔吐下痢症, インフルエンザ様疾患, 急性呼吸器感染症, 集団食中毒, 避難所感染症サーベイランスシステム

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