谷崎潤一郎に対して「ムッツリスケベの潔癖症野郎」という失礼にも程があるイメージを勝手に持っていたのだが、この本を読んで印象が変わった。『陰翳礼讃』は日本における美意識のなかに「陰翳」がいかに深く作用しているかを論じた随筆なのだが、これが題目の堅苦しさとは裏腹に軽妙な面白さを持っているのである。
まず谷崎潤一郎ほどの類まれな思考力の持ち主が、文字どおりに陰翳をひたすら絶賛しているその姿勢が面白い。伝えようと思えばいくらでも冷静かつ知的に伝えることもできるのに、思い入れが強い題材なだけにどうしても熱がこもってしまう。歴史に名を残す文豪の人間味を見て取れるのである。また文化論としては当然なのかもしれないが、題材がいちいち庶民的なのもいい。特に厠における陰翳を論ずる箇所などはその最たるものではないだろうか。それを最高の美文で読ませるのだから、最高の贅沢である。
そしてその論旨に共感したのは言うまでもない。海外文化と融合せざるを得ない日本を許容しつつも、古典的視点から批判を投げかけるその姿勢は現代にも必要だろう。この本は日本の美意識を理解する上での良書として海外からも評価されているらしいが、それを忘れかけている母国民にも読む価値は大いにある。
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