「粋」という言葉から見る日本の美意識──『「いき」の構造』

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著者の九鬼周造の言うところでは、「いき(粋)」という概念は日本固有のものであるらしい。つまりこの「いき」という言葉を明確にすることができれば、日本に根付いている特徴的な思想や美意識──つまりは「日本人の特殊な民族性」──も同時に明らかにすることになる。そしてその答えを見出そうとしたのが本書『「いき」の構造』である。

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「いき」を構成する3要素

本書の中では

「運命によって『諦め』を得た『媚態』が『意気地』の自由に生きるのが『いき』である」

と結論づけられている。

しかしこれだけ見ても何が言いたいのかよくわからないので、「いき」の構成要素である媚態・意気地・諦めがそれぞれどういった性質のものなのかをまず見ていきたい。

まず「媚態」とは「色っぽさ」や「艶めかしさ」とも言い換えられるわけだが、噛み砕けばそれは対象となる異性に向けてアプローチをしている様子や態度だと言える。興味深いのは、この媚態という要素は異性の征服を目的としていながら、現実に異性を獲得できた瞬間には消滅してしまう性質を持ってることである。

媚態は異性の征服を仮想的目的とし、目的の実現とともに消滅の運命をもったものである。

そのような性質により、例えば女性(もしくは男性)に溺れる人間の姿の内に媚態は存在し得ない。媚態とは異性に対するアプローチでありながら、それでいて異性に執着しない姿だと言えるだろう。そしてこの媚態こそが「いき」を構成する中心部分というのが本書の主張だ。

次の「意気地」は、江戸っ子特有の「てやんでえ」「べらぼうめ」といった性質である。これは我を押し通そうとする性格、つまりは反抗の態度と言えるだろう。これは媚態における異性に執着しない態度と密接に関係している。異性に媚びる姿勢でありながらその獲得に至らない媚態は、別の言い方をすれば異性に対しての反抗の性格を持っていると言えるからだ。またこの意気地には、江戸時代の道徳的規範でもあった武士道の理想が如実にあらわれていると著者は言う。

最後が「諦め」である。これは聞くだけだとネガティブなイメージで捉えやすいがそうではなく、諦めることによって物事に執着しなくなった達観した態度を思い浮かべたほうがいい。例えば落語でよく見かける旦那に呆れながらも何だかんだで支える女房などは、どことなく「いき」を感じさせる。

それはその態度に「諦め」から生じる無関心、達観などの精神的境地を感じるからではないだろうか。またこの「諦め」という要素は日本にある仏教的世界感が根本にあると著者は指摘する。仏教には四諦という言葉もあるように、流転や無常という考え方と密接に関わっている。ここに執着を良しとせず、運命に対して冷静な態度を取る「いき」との共通点を見出すことができる。

「いき」は主にこれらの3要素でなりたっている、というのが本書の核となる主張である。これらのなかで中心となっているのは「媚態」が持つ二元的態度だ。つまり異性を目的としながらも、その獲得まではいかないという絶妙なバランスを持った態度のことである。

そしてそれ以外の「意気地」と「諦め」は、その二元性をより強固なものにする。江戸っ子に特有の「意気地」は言ってみれば反抗の態度であるわけなので、異性の獲得とともに消滅してしまう「媚態」をより確かなものとしている。「諦め」も同様で、仏教を根本とした無常観は運命をありのままに受け止めるようとするため、結果的に執着というものから最も遠ざかる。それが異性に対する態度にもあらわれ、結果として「いき」が生じるのである。

図でわかる日本特有の概念

また本書では「いき」を趣味的な価値判断によって図でもあらわしている。ここでいう「趣味」とは一般的に想像する意味合いではなく、"日本人的な情緒"と言い換えてもいいかもしれない。

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「いき」を趣味という観点から見たとき、上の図のOPがそれにあたるというわけだ。この立方体のなかでOPはすべての要素の真ん中に位置していることがわかる。つまり「いき」とは上品でもあれば下品でもあり、また意気でもあれば野暮でもあり、渋味があれば甘味もあり、そして地味でもあれば派手でもある、ということだ。ここでも「いき」のもつ二元性が見てとれるわけである。

またこの図の面白いところは、これだけで日本における概念の要素を説明できることである。例えば「さび」という概念は本書でこう説明されている。

「さび」とは、O、上品、地味のつくる三角形と、P、意気、渋味のつくる三角形とを両端面に有する三角壔(さんかくちゅう)の名称である。わが大和民族の趣味上の特色は、この三角壔が三角壔の形で現勢的に存在する点にある。

「さび」とは漢字で書けば「寂び」なので、そこには当然ながら「派手」や「野暮」といった要素は当てはまらない。「上品」「地味」「意気」「渋味」といった要素から構成されているという筆者の指摘はかなり正しいように思われる。本書ではその他にも「雅」「乙」といった理解しているようで説明するとなると窮するような概念がこの図によって次々と言語化されていくのである。

こうして本書を読んでいくと「いき」という概念が非常に絶妙なバランスの上で成り立っている美意識であることに驚かされる。そしてそのような繊細な感覚が言葉として存在する日本という国に面白みも感じるところだ。簡単に多様性に触れられる現代だからこそ、日本特有の「いき」という感性も大切にしていきたいところだ。

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