悩ましき初詣

定型句というのが好きではないのだが、とりあえずあけましておめでとうございます。ただ冷静に考えると特に何もめでたくはなく、ただ世の中の風潮に乗っかっているだけのような気もしてしまう。

例によって年越しは神社で迎え、お参りをさっさと済ませてきた。それにしてもお参りの作法というものを自分は毎年わすれてしまう。二礼だか二拍手だか知らないが、昔の人は面倒なことを考えるものである。参拝者の願いをかなえるような気前のいい神様なら、そのぐらいの作法も大目に見てくれそうなものだが。

とりあえず作法については目の前にいたご婦人のやり方を完コピしたが、自分は願い事についても毎年悩んでしまう。例えば「金持ちになりたい」とか「彼女がほしい」という類いの願いは結局はその人の行いでどうにかするものであり、それを神様に祈るのも不適切なような気がしてしまうのである。願うならあくまでも運に依存する内容にしたほうが神様もやる気を出してくれそうに思う。そういうわけで考えた結果「幸運に恵まれますように」というありきたりな願いをした。逆に曖昧すぎて神様にウザがられそうである。

そして恒例のおみくじも引いてきた。自分はおみくじが大好きである。初詣なんて、おみくじのオマケのようなものと言ってもいい。それほどに自分は大吉を引くことに情熱をかけているのである。そんな情熱もむなしく、今年は小吉であった。書かれている内容も、一応は吉に分類されているはずなのにマイナス方面が多い。それに反して母がしっかりと大吉を引いたのは、なんとなく神様に皮肉られているような気分になった。帰り道で歩きながら飲むお神酒が冷たかった。

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1件のコメント

  1. あけましておめでとうございます!

    参拝の方法、忘れますよねー。手の洗い方とか毎年ググってます。
    おみくじの嫌な内容は、線で消すといいそうですよ!

    zooさんにとって良い年になりますように!

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