もしも日本史を学べたなら

高校の頃は世界史を専攻していたのだが、今になって思うに日本史を学んでもよかったと思う。むしろ自国の歴史を知らずして世界に目を向けるなんておこがましいと思うぐらいである。一番良いのが双方に精通することなのは言うまでもない。

もちろん学校としても学習に偏りが出ぬように、世界史Bを学ぶ人は日本史Aを、日本史Bを学ぶ人は世界史Aを学ぶことが義務付けられていた。ただ個人的には、日本史Aの時間というのは眠る時間という印象しかない。週明けの一限目だったと記憶している。睡魔の極地だ。担当はあまり生徒を叱らず、枯れているタイプの先生である。寝るに決まっている。

もったいないことをしたと思うし、申し訳ないことをしたと思う。精巧な教材があり、それを噛み砕いて教授してくれる人がいるというのは相当に恵まれている、と思うのは年齢を重ねたからだろう。脳が新鮮で学習に最適な時期に気力に欠けていて、時を経てからそれを羨むというのは皮肉を通り越して悲しみすら感じる。大学のときに聴講生が最前線で熱心に講義を聞いている姿を見て酔狂人だと思っていたが、その気持が今ならよくわかる。

ただ今になって義務教育を受ける身になりたいかと言えば、そうでもないような気がする。つまりは無い物ねだりによってこんなことを言い出しているわけなので、そういう環境に身をおいたら最後、自分のやる気は高校の頃に逆戻りするに決まっている。

蓋し人間社会は一度進路を決めたら余暇を得たり、道を逸れたりするのを許さない傾向にあるので、どこかで猶予を与えられてもいいのかもしれない。ゆとり教育などが登場したのも、そういう大人の願望を子供に反映させたものなのだろう。

 

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