【天鳳】理不尽さに耐える準備

麻雀とは理不尽なゲームである。最善の手順を踏んでもボコボコにやられるということもあり、そういうときのやるせなさは筆舌に尽くしがたい。『熱闘!Mリーグ』という番組で子供が麻雀の好きなところとして「理不尽な所」と答えていたが、大人でもなかなかそのように達観できるものではない。ほとんどの人は多かれ少なかれ憤りを覚えるものである。ただ麻雀をやる上では避けられないものであり、そういった理不尽な展開に対する準備はしておく必要がある。

では準備とは具体的に何か。これは個人的な意見であり、おまけに準備とも少し違うかもしれないが、「本気で打つ」ということである。対局に全力で臨み、その上でラスを引いたのであれば不思議とそこまで悔しくはない。やれるだけのことはやったという感情が理不尽さに対する最高の耐性となってくれるのである。以前に集中して打ったほうが勝ったときにより嬉しいということを言ったが、理屈としてはそれと同じだ。

反対にどこか気を抜いた状態で対局にのぞみ、その上でラスでも引こうものなら地獄が待っている。まず自分を呪い、同卓者を呪い、運を呪い、最後には麻雀というゲームそのものを呪うことになる。そういった感情は次の対局にも影響し、負のスパイラルが生まれる。

天鳳はやはりゲームだし、可能なら気楽にエンジョイできたほうがいい。ただ本気で上の段を目指しているとそう割り切ることも難しい。だから自分は一局一局を悔いのないように全力で取り組むしか無いのかもしれない。ままならないものだ。

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